大阪 千日前デパート火災

千日前

気の毒な火災事故で118人もの死者が出たのが1972年のこと。
通称「千日前デパート火災」。
それ以来、大阪では誰もが知っている心霊スポットとなってしまった千日前。
多くの人がさまよう霊を目撃している。42年前のこの土地で何が一体起きたのか・・・。

多くの従業員が館内に。
そしてキャバレーは営業まっただ中

1972年5月13日、大阪府大阪市の千日前の「千日デパート」で火災が発生。
出火場所は「ニチイ」が入る3階の婦人服売り場であった。時刻はニチイ閉店後。
出火原因は工事関係者のたばこの不始末であった。
ニチイには客こそいなかったが、多くの従業員が館内に残っていたこと、そして各階ごとが別会社の経営であったため、営業中の店舗もあった。

最上階の7階「プレイタウン」

火災が発生したのは土曜日。
当時は日曜日だけが休日で、土曜日は午前中だけ勤務する「半ドン」と呼ばれる勤務体系の会社が多かったため、土曜の夜に羽を伸ばす人も多かった。
キャバレーの客も平日に増して多いことは想像に難くない。
千日デパートの7階「プレイタウン」はキャバレー。
火災の延焼は5階までであったが、煙はあっといいう間に上階へと昇っていった。
階段には煙が充満し、エレベーターは火災により動きを停止。
7階にいた客、従業員たちの避難通路は閉ざされてしまった。
窓を割って数10メートルの高さから飛び降りた人もいたというが、多くは助からなかった。
逃げ場所を失った96名は7階で折り重なるようにして倒れていたという。
多くは一酸化炭素中毒であった。

その後の千日前デパート「跡地」

あの火災から40数年が経つ。
時代とともにプランタンなんば、ビックカメラなんば店と移り変わり、千日前は賑わいを見せている。
火災の跡地は除霊やお祓いなどが繰り返され、ビックカメラなんば店の敷地内には祠が作られていることを明記しておかねばならない。
そして、この地は今もなお有名すぎる心霊スポットとして語り継がれている。
事件後、何人もの人が「子供の名前を呼ぶ母親の声を聞いた」と。
多くのタクシードライバーは「すでにこの世に存在しない女性を乗せてしまった」と。
そして、かつてのプレイタウンの常連客たちが、
「お見限りやないのー。今夜来てや」と今は亡きプレイタウンのホステスに、道で声をかけられるのだそうだ。。。

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