暗闇から出現した謎の少年、カスパー・ハウザー

1828年5月26日、ドイツのニュルンベルクで靴屋を営むジョルゲ・アイヒマンは、町の公園の片隅に佇む少年に気づきました。少々汚い身なりで手には手紙のようなものを持ち、何かに怯えた様子だったといいます。
少年は言葉を全く知らない様子で、何を聞いても「ヴァイス・ニヒト(わからない)」と答えるだけでした。
ジョルゲは少年の靴から血が滲んでいるのに気づき靴を脱がせ足を診ると、沢山の水ぶくれが出来ており、くる病の様に足全体が湾曲していました。

少年の持っていた手紙は第四騎兵隊長宛(入隊を推薦する里親であろう人物の書いたもの)、もう一通は第六騎兵連隊宛(肉親によるもので彼の父が騎兵だった ことと彼の養育を誰かに託す内容)でした。2通目の手紙により「カスパー」「1812年4月30日生」ということが分かります。
第四騎兵隊長の元へ連れられていったカスパーでしたが、やはり話すことは「わからない」のみ。筆記類を渡すと嬉しそうに「カスパー・ハウザー」とだけ書きました。

謎の多い彼は警察の犯罪者収容の為の塔へと送られます。
そこでカスパーが、4本足の動物は全て馬と呼ぶ事や、生物と物の違いがわからなかったり、光を異様に嫌う様子が記録されています。彼の五感は鋭く、暗闇での読書も容易にこなしたといいます。

この少年が世間の注目を浴びないわけはありません。彼に読み書きなど教養を教えるものも出てきて、カスパーは「思い出すように」吸収していきます。回顧録を勧められ記し始めます。
彼は奥行き2m、幅1m窓はなく、立ち上がれない程低い天井に、干し草だけが積まれている汚れた床という劣悪な環境にいた事。毎朝床にパンと水が置かれて いて、爪や髪の毛などは眠らされてから誰かの手で整えられていた事。十数年、そんな生活を続けてきたが、その間に外部との接触は全くなく人と会ったことも なかったと明かされました。

その頃から、カスパーの容姿が当時の貴族バーデン公にそっくりだという、良からぬ噂が立ち始め、カスパーの周りの興味が微妙に変化していきます。それが関係するのか、カスパーは暴漢に2度も襲われ、結局2度目の襲来の3日後に息を引き取ります。享年21歳でした。
出生から死亡に至るまで、謎だらけ、何も解明もされず社会に大きな影響を残す事なく、彼はまた闇へ帰って行ったのです。

彼を十年以上も育てた里親は一体誰だったのか。彼の持っていた書簡から肉親は「貧しい」事は判りましたが、里親は「他にも子がおり、育てる余裕」がないとしているのです。
しかも、人類にとって長い間、子供は働き手であり、必ずしも保護し育てる対象ではなかった事を考えると、彼を育て、そして太陽の下へ送り出したのはどんな意味があったのでしょう。

ReXg

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