消えずの火

日本で一番の燈明信仰の地は高野山だと言われています。奥の院にある燈籠堂(とうろうどう)の、幾千という数の吊燈籠(つりどうろう)は荘厳です。

燈明信仰の流れは2つで、一つは832年に弘法大師が行った「万燈万華会」を発端とするもの。もう一つは弘法大師に講じられた祈親(きしん)・白河の両燈です。
この祈親の燈は1118年に燈爐堂に常燈明、つまり消えずの火として灯されたものです。
高野山は994年落雷による火災で諸堂塔が焼失、以後衰退していったものを祈親上人が復興したのです。
上人は大師の前に一燈を献じ、もう一度生まれ代わり、対の一燈を捧げたいと祈念したのです。上人は白河上皇として生まれ、念願を遂げました。
そしてこの二人こそ、弘法大師の生まれ代わりだったとされています。その為、両燈は永遠の生命のシンボルなのです。しかし鎌倉時代に入り、信仰の意義が薄らいだ時に新たな理由づけとして「貧女の一燈、長者の万燈」か考えられました。
今では、1950年弘法大師奉賛会の発会を祈念し高松宮が点したもの、1984年弘法大師千百五十年後遠忌に日中友好を念じ、中曽根総理大臣(当時)によって点じられた燈明の計4つの消えずの火が拝殿正面に灯っているのです。

この万燈会、1291年の記録では掲げられた1万燈に3日間で灯油二石一斗(380L程)が使われたとされています。

そして、「火」と言えば、毎朝早朝の勤行の為に若い僧侶や寺生(てらせい。住み込みの僧侶志望の学生)などに本堂の壇を用意させる時、多くが「本堂に火ィ点けてこい」と物騒な言い方をします…。   合掌

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